トヨタ経営語録―歴代リーダーに流れる「最強の遺伝子」 (PHP文庫) |
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著者: 小宮 和行 定価: 価格:→¥ 55 | 広い世界へ ![]() ![]() ![]() ![]() <br>世界に名だたる企業の、それもトップの人たちの言葉を耳にすることは難しい。<p>ところが、それが本になって売っている。しかも、この値段で。<p>この本では特にトヨタの歴代社長の年頭や所信表明をした時の言葉を載せている。<p>それぞれの言葉は短いが、その裏には長い年月を経て、作り上げられた膨大な企業理念が横たわっていることが窺える。<p>堅苦しい本ではないが、噛み締めるだけの価値のある本である。<p>草原を行く風を見たい気分になる。<p>サー、僕らも障子を開けてみよう。 |
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税務調査とっておきの対処法―ズバリ!!調査官の狙い目がわかる (PHPビジネスライブラリー) |
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著者: 岩瀬 勲 定価: 価格:→¥ 873 | |
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プロジェクトリーダーのための入門チームマネジメント―6人で9人分の仕事をする組織最適化の法則 (PHPビジネス選書) |
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著者: インタービジョン総合研究所,小林 惠智 定価: 価格:→¥ 152 | もう一歩突っ込んでほしいかな ![]() ![]() ![]() メンバーのタイプを分析して、そのタイプに応じたチーム作りを行うというものだ。チームビルディングの手法としては割と一般的なものである。大きく4つのパターンに分類している点も他の手法との共通点といえる。しかしながら、タイプの把握とチーム作りよりももっと重要なのはチーム運営ではないだろうか?そこまで突っ込んで論じてこそ、タイトルにある「チームマネジメント」ではないだろうか? 職場の人間関係を思い悩む前にぜひ一読を ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() エニアグラムにしても、プロファイリングにしても、これまでの人間関係論は、あまりにも細か過ぎるか、抽象的であるか、あるいは個別的に過ぎて、種々の職場や職種に当てはめにくいものが多すぎた。重要なのは理屈ではない。学問的裏付けがどうのこうの、大脳生理がどうのこうのではなく、分かりやすく、実践的なことである。この本に書かれたFFS理論は、およそチームを呼べる組織があるとこなら、どこでも適用できる普遍的なものであり、実学的であり、利用価値は極めて高いと思う。導入にあたって担当者の努力が空回りせず、組織全員に受け入れられる理論だろう。大著ではないが、お互いの特性を知りながら尊重しあうという組織の基本について、じっくり教えてくれる良書である。 タイトルほど突っ込んだ内容ではないが ![]() ![]() ![]() 本のタイトルほど突っ込んだ内容では無いが、チームメンバーを巻き込んでの自己の心理特性分析は、組織の刺激になった。<br>初めてリーダーを任され、チームを預けられた人には参考になると思う。チームマネージメントの『入門書』としてはお勧めできる本である。 |
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人間にとって経済とは何か (PHP新書) |
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著者: 飯田 経夫 定価: 価格:→¥ 217 | 経済学とは貧乏を無くす為の学問である ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() と著者は云ひます。不況だ不況だと云つてゐるが、貧乏は無くなつたではないか。もう良いではないか。と彼は言ひます。彼は経済学者で在ります。其れでゐて、日本に於て経済学は今や使命を終えた、経済学に期待するものは何も無い、むしろ失望して仕舞つてゐると云ふのです。 (以下、筆者要約) ・国際的なカネの流れは、既に貿易に必要な「実需」の何百倍にも達している。膨大なカネが、ひたすらハイリターンを求めて、うなりをあげて全世界を駆け巡っている。利用できるものを利用し尽す。 ・金儲けには使ってはならない神聖なものが有る。為替レートは其の一つだ。 ・政府は基本的にモノをつくらないから、経済に占める政府の比率が大きくなると、経済は非効率になる ・赤字財政・福祉国家とは要するにタカリである。 世界中の国際貿易の規模に比べて、ほんの一部でしかない投機筋の動きで、何故為替レートが変わつて仕舞うのかと常々疑問に思つてゐたのですが、まさか逆とは思つても見ませんでした。世界中が賭博場に成つてゐたのですね。我々が暮らしている地球は其の様な処に成つて仕舞つてゐたのですね。 読了してみて、本書全体で著者が何を言わんとしたのか未だ図りかねてゐる。学者としての論と、人間としての情が、お互ひを必要としながら手を取り合えずに、一人の人間の中で煩悶してゐる、その息遣ひだけは充分に受け止めた。 先生のファンでした ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() バブルの起こる前から、「日本は十分豊かになっている。いたずらにアメリカのライフスタイルを追う必要はない。」と発言し続けていた飯田先生。ニヒリスティックな風貌(講談社の新書には顔写真が出ている)とともに、なぜか記憶に残っている。 この本を最初に読んだのは数年前であるが、改めて読み返してみた。 飯田先生も述べておられるが、共産主義が崩壊し、大きな批判勢力を失った資本主義はその本性をむき出しにした。その最も顕著な事例は、近代資本主義のマネー資本主義への変質であるが、ご指摘された数年前よりも事態が一層進行しているようだ。(マネー資本主義化については、内橋克人さんも強く指摘されている。) お金儲けをするのは悪いことではないが、株式の本が書店にズラリと並び、一般の人々がせっせと株式投資に血道を上げている構図は、バブル景気の頃と良く似ている。経済のファンダメンタルが違っているので前のようにはならないと専門家の方々は発言されているが、日本人全体の気分はあの頃と大して変わりないように思う。危険な兆候だと思うのは私だけだろうか。 先生の主張によると、バブル発生の原因はアメリカにあるということだ。現在進行しているグローバリゼーションの波もアメリカの仕業であるから、ここ数年の株の乱高下もアメリカが仕掛けた結果ということになる。何とも情けない話だ。 飯田先生は、この著作が上梓された翌年に亡くなっている。ともすれば一方向に走りがちな我々日本人から少し離れた所で眺め、健全な批判精神を発揮される方であるが、ペシミストではなかった。 しかしながら、晩年の本作品がため息のような言葉で終わってしまっているのは、今後の日本や世界全体の厳しい将来を暗示しているようだ。 経済学の間のひと休み ![]() ![]() ![]() ![]() 経済学を学び、しばらくした後でこの書に出会った。経済学を学んでいる間素朴に抱いた疑問の数々に筆者は賛同してくれた。それは、どれも経済学者に言うと、個性の強い意見だと思われるものでもあった。しかし的を得ていると堂々といえるのではないか?今後経済をもっと学んでも、この書を読んだ意見が不動のものであるならば、日本を悲観する必要はなく、従来型の日本の経済・経営で生きていけば日本人は幸せになれるということだ。 |
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哲学 雑学3分間ビジュアル図解シリーズ |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 382 | |
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鬼と人と―信長と光秀 (下巻) (PHP文庫) |
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著者: 堺屋 太一 定価: 価格:→¥ 159 | 追い詰められていく光秀を鋭く描く ![]() ![]() ![]() ![]() 光秀に期待を寄せる信長と、結局、ただの人でしかなかった光秀の間には徐々に確執が生まれ、光秀は疑心暗鬼に陥っていく。 その不安が光秀を謀反へと追いやるが、結局、光秀には、世を切り開いていく力はなく、自滅の道を歩む。 こうした行き詰る展開を、リアルに、しかもテンポよく進める筆致は秀逸で、おもしろい。 |
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脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書) |
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著者: 小松 美彦 定価: 価格:→¥ 328 | 脳死者が意識を持っている可能性がある ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 脳死臓器移植について多くの点から批判的に論じられているが、最重要は「脳死と判定された者が意識を持っている可能性がある」ことである。多くの人が「脳死=意識が完全にない状態」という理解に基づき脳死臓器移植に賛成しているので、この点のみでも十分脳死臓器移植に対しての抵抗感を生むであろう。 脳死判定が人の死の判定である以上、100%の厳密さが要求される。「例外はあるがおよそ死である」という論理は成立しない。人の死に例外はあってはならない。 脳死判定100例のうち1例でも、意識の残存する可能性がある事例があれば、脳死判定基準への批判としては成立する。それゆえ「データが偏っている」「特殊な例を集めていて中立ではない」という本書への批判も成立しない。また、本書は人間の意識について定義しきれておらず、意識の有無を論じるにはその背景にある意識についての最新の研究成果への言及が乏しいことは悔やまれる。 脳死臓器移植を推進するのであれば、脳死判定によって不可逆的に意識が完全に無いことが立証されることが必要だが、それは困難なまま制度の運用はなされるであろう。 ゆえに、私たちは自衛のために知っておくべきである。ドナーカードを持つということは、脳死判定で意識の有無を立証できず、脳死判定テストの負担によって死期を早めることもあるが、そのリスクを負ってでも臓器提供を行うという意思の表明である、ということだ。 「生きるに値しない命があるのか」という大きな命題を抱えつつも、資本が集まるところ(大企業、富裕層、大医療機関)が要求することはいずれ実現する。命の優劣については答えは無く、個々に考えるべきである。しかし、自分が生きている以上可能な限り生き続けたいと考えるならば、脳死臓器移植を推進する側が隠している事実を理解しつつ、私たち(および家族)は自衛しなければならない。 固定観念が払拭されます ![]() ![]() ![]() ![]() この本を読む以前は、脳死とは心臓が動いている以外、自然死と全く変わらないものだと思っていました。しかし、実際にはラザロ兆候や執刀時の血圧急上昇、頻脈など、筆者が提示する様々な事例から、脳死患者にも意識の存在さえ認められる可能性があるというのです。もし、臓器を摘出される時点で脳死患者が意識を持ち、筆舌につくしがたいほどの激痛を感じているとしたら、これほど恐ろしいことはないでしょう。本書を読むことで、脳死を人間の死と扱い、臓器を摘出してしまうことの非合理性を嫌というほど思い知ることができます。(ただし筆者の考え方もかなり偏っているので、脳死臓器移植肯定派の著作も触れておくことをお勧めします) 自分が知っていることの少なさを思い知らされる本 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() この本により、臓器移植の現実を通常語られる患者側からでなく、ドナー側から観ることの重要について考えさせられた。本書では、まず“臓器移植でないと助からない”という我々の常識に疑問を提している。移植の待機時間が長くなると移植患者と待機患者の生存率に差が無くなってくる、という事実である。 この本では色々な観点で問題提起を行っているが、特に下記5点が重要だと思った。 1)“定義としての脳死”と“厚生省の脳死判定基準により理念的に確定されるはずの脳死”と“臨床現場で脳死判定基準により実際に判定された脳死”という3つのレベルの“脳死”が存在する問題。つまり、定義としての脳死を、技術的に精確に判定する現実的な手立てが無いという問題である。 2)“心臓死”と“脳死”という、複数の死の存在である。本来、死の定義は、純医学的、生物学的に科学技術によって判定されるもの、と考えられているが、現実は、現在の科学技術では客観的に決められず、高度に倫理的な(人間的な)判断が必要である。 3)脳死者からの臓器提供の大前提になっている“定義上の脳死”の根本が揺らいでいることである。つまり、“脳死者は意識も感覚も無く遠からず確実に死ぬ”はずであるが、脳死患者でも十年以上生存する事例、ドナーを進められた患者が最先端の治療により社会復帰できるまで回復する事例の報告がある。また、移植の現場では、脳死患者が臓器摘出の際に(痛みにより)暴れるために、麻酔を打っている事実がある。 4)医療の現場では、患者の生存のための治療とドナー候補者の可能性(医学的な処置)という、二律相反の問題が存在すること。 5)初めに臓器移植の拡大推進有りきで政策的に物事が進められている可能性である。 本書を読んで、“心で見ないと物事は良く見えない”ということを改めて肝に銘じた次第である。 |
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大山巌―剛腹にして果断の将軍 (PHP文庫) |
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著者: 三戸岡 道夫 定価: 価格:→¥ 150 | |
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真田幸村―家康が怖れた男の生涯 (PHP文庫) |
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著者: 佐竹 申伍 定価: 価格:→¥ 1 | 人物伝として ![]() ![]() ![]() 戦国随一の武将真田幸村。地方の大名でありながらその苛烈な生き様から人気の高いこの武将についてはまだあまりよく知らなかったので、幸村に関して語られている丁度良い本は無い物かと探していた所この本に出会った。作者も知っていたし、昔からPHPの戦国武将シリーズは(二級品と言われているが、特にデザインが)好きだったので手に取った。五百ページを超える分量の割には値段も手頃ではと思う。 内容は幸村の人質時代の上田城の合戦から、丁度幸村が打たれるまでで終わっている。作中の若いながら機転が利き、様々な策を巡らす青年幸村の姿は頼もしく、なかなか読んでいて面白い。石田三成、大谷吉継、島左近などの大物武将との親交から出世の道を掴むのも、冒険物語の主人公を見ているようで良かった。本多忠勝の娘との関係も見逃せない。また、戦国の世にふさわしい哲学や、無常観にも事欠かず、ちょっとほろりとさせられる部分もあった。 ただ、全体的に少し不満が残る。まず幸村自体、秀吉、家康、忠勝、三成、吉継、左近、などに『只者じゃない』という印象を植え付けているにもかかわらず、作中ではそれほど目立った活躍がない。そもそも、戦場に割かれるページ数が若干少ない。歴史小説にはあまり触れたことがないのでどれぐらいの比率で少ないのかという所までは分からないが、関ヶ原は(実際幸村は出てこないが)西軍敗北の知らせでだけ終わっている。三成、吉継らの運命もあれほど親密に付き合っていたのに、三成の打ち首がほのめかされるぐらい。大阪夏の陣でも、家康に切腹を覚悟させたという伝説もあるはずなのに、突撃の十行後あたりに味方を失って意気消沈する姿が描かれた後、近寄ってきた武将一人に『もう戦い疲れた』と言わんばかりの態度で首を差し出してそこで物語が終わる。 主要人物以外の扱いもひどく、威勢良く一回登場してそれで終わりという人物が多い。途中で真田の元にはせ参じる武者達も結末の部分では言及が無く、そういったドラマももっと書いて欲しかったと思う。父昌幸の死の辺りからだんだんトーンダウンしていくのも残念だった。 人物幸村を知る意味では面白いかも知れないが、大して読み物としては期待できないかも。 |
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「スーホの白い馬」への旅―世界は友達・エスペランチスト山本辰太郎 (PHP愛と希望のノンフィクション) |
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著者: 和田 登,高田 勲 定価: 価格:→¥ 271 | |
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