書評家“狐”の読書遺産 (文春新書) |
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著者: 山村 修 定価: 価格:→¥ 326 | 80〜90年代の東京のオジサマになりたかった ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() わたしは禁煙を経験した者である。その際、山村氏の『禁煙の愉しみ』に助けていただいた。それで一方的に感謝と親しみを抱いており、拙いレビューも投稿させてもらった。山村氏が実は注目の匿名書評家<狐>氏であったのを知ったのはずっと後のこと。あろうことか、その時氏はもうこの世にはおられなかった。・・・ショックだった。 本書は<狐>氏の遺作。恥ずかしながら氏の書評は初めて読ませていただいた。『禁煙の愉しみ』でも、なんと知的で感性豊かな方かと感じたが、書評家としての文章はまた異なる味わいがある。弾むように生き生きとした、読書の喜びがほとばしる文章。限られた字数の中での的確な言葉選び。とても闘病中に書かれたものとは信じがたい。<狐>氏が長く活躍された『日刊ゲンダイ』、これをリアルタイムで読んでいた80〜90年代の東京のオジサマ方が羨ましくてしかたなくなった。 確かな読みと博覧強記ぶり、著者や他の評者に媚びない主張に圧倒された。しかし氏の書評の一番の魅力は、読者に寄り添う姿勢にあるとわたしなどには思える。読者と本をかえって遠ざけるような書評、評者のひけらかしや不親切が一番印象に残るような書評が少なくない中、<狐>氏の文章はそれらの対極にある。読者への配慮と手応えのある文章の見事さたるや、極端に言うと、まだ読んでない本ですら既に読んでいるような錯覚を覚えさせられるほど。<狐>氏の書評にかかると、どんな本も読者との距離が確実に縮まる。すぐれた書評は読者の興味や嗜好性という障害物を難なく越える、そのことを知らされた。 本当に残念なかたを亡くした。心よりご冥福をお祈りしたい。 「身につまされる」書評 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() この本を読んで、あまりにおもしろかったので『<狐>が選んだ入門書』 『水曜日は狐の書評』と、たてつづけに買って読みふけってしまった。 この書評家のぬきんでた美点は、書評対象からの引用の的確さにある。 その引用部分の魅力を、同じ著者の別の著作や全く別の著者の言葉などを 自在に援用することによって最大限の効果で、読者に提示してくれる。 『<狐>が選んだ入門書』(ちくま新書)で、山村修は内田義彦の 『社会認識の歩み』を書評しているのであるが、そこでは 「断片断片を身につまされる形で知る」という内田の言葉を主軸に据えて この書物、この著者のエッセンスを取り出してくる。 山村の書評のスタイルは、この内田義彦の寸言の実践に他ならない。 つまり、断片断片を身につまされる形で読者に知らしめる、のである。 少なくとも私は、これにより「断片断片を身につまされる形で知る」 という内田の言葉それ自体を「身につまされる形で知」ってしまった。 確かに本を読むというのはそういうことかもしれないなぁ、と感じ入ってしまった。 この書評家の術中に気持ちよくはまった爽快感があった。 思うに山村修という人は、「身につまされる」ような言葉や書物を読むことが すなわち生きることと同義であるような、そのような人生を送った人なのだろう。 そういう人の書いた長目の書評集である。 内容紹介なしでも これで、おもしろさは十分伝わると思う。 惜しい人を亡くしてしまった。 |
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本の本―書評集1994-2007 |
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著者: 斎藤 美奈子 定価: 価格:→¥ 2,195 | 復習用として ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() しかし厚さにひるみますが、細切れ読みすればいいのでその辺は気楽です。 あとがきで著者も書いているように、おもしろい本はないかなぁ、とガイドとして 使うよりも読んだ後でどのように評価されているかを読むのも楽しい使い方だと思います。 読み疲れたら昼寝の枕にもなります。 斎藤ファン以外にも ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 斎藤さんの本は『物は言いよう』しか読んでないというビギナーですが、それでも十分に楽しめました。 書評集としての本書の特徴は、 ・その時々の新刊本が多い ・小説以外の本もたくさん取り上げられている ・フェミニズムの観点がある ・文芸批評、読書案内系の読み物が豊富である ・記事のカラーはいわゆる「闘う書評」に属するが、「切捨て御免」という一方的なスタイルではなく、客観性と公平性が保たれている(と思う) といった所でしょうか。 読み物としての面白さは勿論、700冊という収録数の多さ、索引の充実度からして、 斎藤ファン以外でも、読書人には便利な事典であると思います。 斎藤ファンとして(といっても初心者ですが)特に興味深かったのは、 大江健三郎『取替え子(チェンジリング)』と野嶋剛『イラク戦争従軍記』の書評です。 この2冊は(訳あって)異なる角度から2回書評されてるんですが、読み比べると 斎藤さんの「芸」の深さを味わえるのではないかと思います。 彼女の文芸評論が好きな自分にとっては至福の一冊。だけど・・・ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 94−07年の間に週刊誌などに発表(一部初出不明もあるが)された書評をまとめた一冊。発売直後に購入したのだが、全部で783ページもあるので、暇を見つけて少しずつ読んでも、読了するまで一ヶ月以上を費やした。いくら斎藤美奈子の評論のファンであるわたしでもこの厚さの本をイッキに読むのは無理だった。時間的にも体力的にも・・・。 しかし、文芸(あるいは本にまつわる)評論が彼女の本職ではないかと考えているわたしにとって、彼女の書評が詰まったこの本を少しずつ読むことは就寝前の至福のひと時であった。 この本の構成は、年代別ではなくテーマ別である。そして巻末には書名別・著者別の索引も用意されている。だから、斎藤美奈子はどんな本を読みどんな書評を書いてきたのか、ということが分かると同時に、読書好きにはとっては良質なブックガイドともいえそうな一冊だ。 とはいえ、斎藤美奈子という批評家を知らずに「ちょっと読んでみっか」という興味で手に取るには約800ページは大部すぎる。だから、どんな人にも薦めることのできる一冊という訳ではないような気がする。 |
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闘う書評 |
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著者: 福田 和也 定価: 価格:→¥ 679 | |
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書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 |
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著者: 橋爪 大三郎 定価: 価格:→¥ 1,200 | 橋爪氏の人柄がみえる書評集 ![]() ![]() ![]() ![]() 橋爪大三郎の20年にわたる書評の集大成である。 著者が取り上げた本をざっと見るだけでも彼の幅の広さ、懐の深さがよくわかる。 小林よしのりから浅田彰まで、椎名誠からウォーラーステインまで。どの書評も真剣だ。批判も厭わない。 自身の存在と思考のすべてを注いで、一冊の本と向き合っているのが感じられて、心が動かされる。 仲間内の本を誉めあうだけの、ありがちな馴れ合い書評とは格が違うと言っていいだろう。 各書評の初出紙(誌)を見るのも面白い。産経新聞にフェミニズムの本を書評したり、 朝日新聞で「つくる会」の本を紹介したりしているのは彼の生真面目さゆえなのか、茶目っ気なのか。 このあたりも橋爪氏の魅力であろう。 ひとつだけ苦言を言えば、取り上げられる本があまりにも「極論」に満ちたものやミーハーな本が多いということだ。 たとえば氏は、朝日新聞で『脳内革命』の書評を書き、「コメントのしようもない珍説」「本書は、オウムと同様の 危険な一線を超えつつある」などと書いているのだが、橋爪氏ほどの知性がこの類のトンデモ本に(たとえ批判的にせよ) 言及すること自体が労力の無駄であり、いらぬ勘繰りをされるのではと心配してしまう。 彼の利点でもあり欠点でもある過剰な「真面目さ」がこんなところにもみえて、もどかしくもほほえましい。 |
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打ちのめされるようなすごい本 |
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著者: 米原 万里 定価: 価格:→¥ 1,600 | あなたも私も打ちのめされる ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 打ちのめされるようなすごい本、とは、まさに本書のことである。 ここには人間米原万里がいる。 本書に比べたら「魔女の一ダース」も「オリガ・モリソヴナ」もカスのようなものである。 恥も外聞も見栄も虚飾もかなぐり捨てた、生身の人間、裸の米原万里(誰だ、そんなもの見たくないと言ってている人は?!)が、まさしく赤裸々に自分自身をあらわにしているのだ。 正直、私は愕然とした。 米原万里のこうした一面を、それまでの書物からは読み取ることが出来なかったからだ。いや、この本からしか読み取ることが出来ないのだ。 本書で打ちのめされない人がいるとすれば、それは、タダひとり、故米原万里だけである。 ただの書評集だと思ったら大間違い。 文句なしの最高傑作だ。 このほんこそ、打ちのめされるようなすごい本である。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 様々な分野の著作についての書評をまとめた本であるが、著者の複眼視的柔軟な思考と幅広い興味が溢れてでている本である。この本こそ、打ちのめされるようなすごい本である。小生の2007年のベスト本。 惜しい人を亡くしたと、遅ればせながら思う ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() しょせんは書評本…と甘く見たのが間違いだった。結局、読み終えるのに1週間もかかってしまった。500頁余(しかも第二部は上下2段組)の厚みも一因だろうし、並行して他の本も読んでいたが、それにしても、だ。 言うまでもなく、本書に専心できなかったのは退屈だったからでも(なら途中で放り出している)、難しかったからでもない(と思う)。本を褒める言葉として時々、「面白いのに1度に多く読み進めない」という表現を見かけるが、正にそんな感じだった。どんどん先に進みたいのに、たちまち正体不明の満腹感に襲われて、つい休憩を入れてしまう。そんなことの繰り返しだった。 告白すれば、米原本は今回が初体験。実は本書のタイトルが嫌いで、最初に読むなら他のものをと密かに心に決めていたのだが、ひょんなキッカケで頁を開いたら、そのまま米原ワールドに拉致されてしまった。私には馴染みのない本が主に扱われていたり、「ハリポタにはまった」(P203)などと容易には看過し難い過ちを犯していたり(…笑)、大塚ひかり『源氏の男はみんなサイテー』文庫版のための04年の解説(p485)が明らかに丸谷才一『輝く日の宮』への03年の書評(P460)の焼き直しだったりと、手放しで米原礼賛をブチ上げるのは躊躇われるが、しかしこの1週間、自分が本書を読み通すであろうことを疑ったことは一瞬としてなかった(でもタイトルはやっぱり嫌い。その含意や編集者の気持ちは分からぬでもないが、米原さんがご存命なら、こういうタイトルはお付けにならないのではないか? ビギナーのくせに僭越だが…)。 闘病中の文章は、読んでいて辛かった。惜しい人を亡くしたものだと思う。 |
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正直書評。 |
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著者: 豊崎 由美 定価: 価格:→¥ 1,000 | |
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ロンドンで本を読む 最高の書評による読書案内 (知恵の森文庫) |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 398 | 文庫ではオリジナルの41篇中、21篇しか納めていないというのですが… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() こんな窃かな愉しみがあったのか…早く教えろよ、という"遊び"に久々に会った気がします。その愉しみとはロンドンで発刊されている新聞、雑誌などに掲載されている書評欄を味わうこと。丸谷才一さんにいわせると、イギリスでは貸本屋業が発展していて、作家はほとんど文筆だけでは食べていけないということもあり、副業という形で、書評を書いている、と。そして、例えばオブザーヴァー紙がアントニー・バージェスを擁するとか、それぞれ書評の大スターを押し立てて覇を競っているらしいのです。結果、素晴らしい書評のワンダーランドが形成されている、と。 オクスフォード版のコナン・ドイル全集に関して、両親がアイルランド人だからということで、註での緑化が激しすぎると酷評している「隠されたケルト人の謎」なんかは、ぼくが無知なだけかもしれないけれど、知らないことばかり(ドイルはイエズス会の寄宿舎学校で教育を受け、アーサー"イグナシウス"コナン・ドイルというのが正式の名前)。『ファニー・ヒル』の書評の「わたしにとって、この世でもっとも魅惑にみちた主題は性と十八世紀である」という書き出しにはうなってしまいますし、コンパクト・ディスク版『オクスフォード英語大辞典』について「依然としてこれはヴィクトリア朝が生んだ至高のの叙事詩的成果、ゆったりと渉猟するこによって驚異を味わいうる逸品なのである」と珍しく絶賛しているアントニー・バージェスの書評も素晴らしい。 |
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水曜日は狐の書評 ―日刊ゲンダイ匿名コラム (ちくま文庫) |
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著者: 狐 定価: 価格:→¥ 495 | エレガント ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() とにかく書評のスタンスが柔軟だ。岩波の漱石全集における謡曲の注釈は正確ではないと鋭く指摘する一流の知識人であり、難解と思われがちなナボコフの小説の快楽を分かりやすく説く啓蒙家でもある。山田宏一や岡崎京子の魅力を一ファンとして恥ずかしげもなく正面から褒めちぎり、ロジェ・グルニエの短編集の書評では好敵手として阿部昭を持ち出すトリッキーなコラムニストでもある。科学の世界でエレガントとはシンプルに本質を抉ったような論証に冠せられる形容詞であり、狐の書評はまさにエレガントな文章の連続と言える。後継者が特に見つからないのが残念だ。 書評家・読書家の鑑 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 書評の書評は不毛(と、少なくとも私はそう思っている)なんだけど、ことこの狐の本に関しては書きたいことがありすぎる。 2004年発行、過去最新4年分(連載自体は22年間。驚異)のものだが、文章の瑞々しさや論評における比較方法・引用などはまったく色あせない。こういうのを普遍的というのか。 しかしまぁ狐さん、なんでも読むわ読むわ。 白眉は川上弘美『センセイの鞄』。 |
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澁澤龍彦書評集成 (河出文庫 し 1-52) |
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著者: 澁澤 龍彦 定価: 価格:→¥ 1,200 | 簡潔・偏愛・鋭利 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() もちろん三島由紀夫や稲垣足穂、バタイユといった澁澤ファンにはお馴染みの作家から、ギュンター・グラス、フーコー、バロウズも経由し、柴田錬三郎や実用書まで、東西、硬軟幅広い著作が俎上に載せられ、著者のバックグラウンドの奥行を物語る。 斬捨御免という雰囲気の厳しい文章も痛快である。磯田光一を「お行儀のよい、優等生的評論家」と断じ、ブランショの訳文を「意味不明のほとんどたわ言に等しい文章」として書評のほとんどを使って訳者を非難し、竹中労の『美空ひばり』には「やたらに「庶民」「大衆」という言葉をふりまわすのには、うんざりした」と素直に違和感を口にする。 著者のまるで宇宙的とも言える蔵書(参考『夢の宇宙誌』)からすれば、これが著者の引き出しのごく一部であることは論を待たないものの、たった数枚で著作の本質を抉り出す、短文の切れ味のよさは目を見張るものがある。 著者の絢爛な小説世界が幻のまま終わらないのは、小説家の夢想の背後から鋭利な批評眼が世界を凝視しているからなのだと一読して了解できる。一流の知識人が一流の小説家であった幸福な時代の記録ということになるだろう。 |
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もっと、狐の書評 (ちくま文庫 き 19-2) |
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著者: 山村 修 定価: 価格:→¥ 400 | 兄狐が編んだ狐の書評集 ![]() ![]() ![]() ![]() 本書の初めにつつましく「編集 山村忠」と記されているのを見て興奮した。つまりこれは狐こと故・山村修さんのお兄さんが故人の文章を選んで編んだ書評集なのだ。巻末の書評リストもお兄さんによるもの。遠縁にあたる中野翠の文章からは狐以上にマニアックな性格が伝わってくる兄狐だが、このリストからもそれがうかがえる。 さて、問題はこれまでの狐の三冊の書評集から何を選ぶかだ。狐は気に入った著者の本は何度も取り上げているので、どれを選ぶかにはセンスが問われるところ。私にはこの選択がふさわしいのかは判断がつかないが、何冊もある山田宏一、西村康彦らの著書への書評からはなるほどこれを選んだのか、と思いながら読んだ。巻末の解説、悪くはないが、ここはやはり狐のライバルであった武藤康史に書いてほしかったと勝手に思う。 |
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