小説吉田学校 第7部 (7) (角川文庫 緑 481-7) |
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著者: 戸川 猪佐武 定価: 価格:→¥ 1 | |
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小説吉田学校 第6部 (6) (角川文庫 緑 481-6) |
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著者: 戸川 猪佐武 定価: 価格:→¥ 1 | |
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日本が「神の国」だった時代―国民学校の教科書をよむ (岩波新書) |
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著者: 入江 曜子 定価: 価格:→¥ 1 | 難しい問題ですね ![]() ![]() ![]() 国家権力がやろうとすればこれくらいのこと(このような教育)はどこの国でも出来ると思っております。他の方も書かれていますが、この偏向教育自体はそれほど珍しいとも思っておりません。やはり個人的にずっと昔からひっかかっていたのは「何故神の子」路線を突っ走ったのかということが疑問で残っております。精神力のみ、献身のみ・・・・戦争に勝とうという動機が引き金となってこのような教育がなされたと思うのですが、「潔く国家のために死になさい」という教育は全く勝つ教育になっていなかったということです。初めから負けるつもりであったのではと・・・・。どの視点で評価するかによって様々な点数がつくと思います。この著者の視点も理解できますが、ワンパターンかなと思ってしまいます。過ちを繰り返さない・・・分かりますけど。ただ諸外国の外交の歴史を考えると日本という国はすごく単純な国家であることは間違いないですね。本当に戦争を起こさないで平和を維持するためには「神の国」でなく「泥臭い、奥の深い、なかなか底が読めない"人"の国」にしなければと思います。 なんとかしなければ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 敗戦後、墨で黒く塗り潰された教科書は今も生きている。自民党の中枢にいる人達の脳みそは今も、当時の教科書に漬かったままらしい。洗脳を解くのが大変なのは統一教会でも、オウムでも、創価学会でも、北朝鮮でも、天皇教国でも変わらない。洗脳を解くために死に物狂いにならないといけないのは誰なのか。己を支配者に投げ出し、誉めてもらって初めて存在意義を感じる人間を作るための教科書がまた、作られるようになっている。なんとかしなければ。 期待したほどではなかった ![]() ![]() ![]() 意外に面白くなかった。軍国主義時代にはそれを支えるイデオロギー的な教育がなされるのはアタリマエであり、その予想を超える新しい資料の提示等はみられなかった。また、現代の教科書とのつながりについても書いて欲しいところであろう。<br> もちろん、著者の危機意識は評価したいが、現在の愛国教育に対する強力な批判にはなっていないように感じた。 |
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教育史からみる学校・教師・人間像 |
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著者: 山田 恵吾,貝塚 茂樹 定価: 価格:→ | |
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小説吉田学校〈第3部〉角福火山 (人物文庫) |
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著者: 戸川 猪佐武 定価: 価格:→¥ 199 | 角福戦争の始まり ![]() ![]() ![]() ![]() 佐藤四選と田中角栄 vs 福田赳夫の総裁選、田中内閣成立がこの巻のメイン。田中 内閣の業績として日中国交回復も、ちょっとだけだけと書かれている。 主人公は田中角栄で、敵役として佐藤栄作はかなり傲慢に、そして福田は官僚メン タリティに毒された甘ちゃんという描き方をしている。他の作品でも戸川氏は佐藤 栄作をボロクソに書いていたので、まぁこういう描き方になるんだろうなぁ。 他に、渡部恒三氏や小沢一郎氏がこの巻から登場する。 佐藤政権末期において閣僚の失言や失態が続くが、佐藤元首相は担当閣僚の罷免 (つまりトカゲの尻尾きり)で対処した。安倍元首相が問題閣僚をかばったのもこ のことが念頭にあったのかな。また、この頃の派閥間の抗争を読むと、今とは隔世 の感があると改めて感じる。 |
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子どもが生き生きする学校図書館づくり 改訂版 |
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著者: 渡辺 暢恵 定価: ¥ 2,625 | |
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学校を出よう!―Escape from The School (電撃文庫) |
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著者: 谷川 流,蒼魚 真青 定価: 価格:→¥ 1 | 幽霊をSFする。ハルヒより小降りですが、楽しめます. ![]() ![]() ![]() 妹の幽霊にとりつかれた主人公という展開や、いかにも少女マンガチック(「なかよし」や「別フレ」っぽい)なイラストで、大丈夫かと心配しましたが、一応SFらしく収束しています.ハルヒに比べると、どうしてもオカルトチックな展開や、大げさなキャラたちが暴走気味で今ひとつの感がありますが、ラストの落としどころは才能を感じさせます。次回作を期待します. 表紙はアレだが、良作! ![]() ![]() ![]() ![]() 6巻全部読んだ上での感想です。 超能力者たちが強制的に入学させられる第三EMP学園。コメディタッチのSFだが、怪奇現象の謎解きはミステリー小説のよう。 また、登場人物も個性的で楽しませてくれる。 ハルヒの新刊が出ないことに業を煮やし、繋ぎのつもりで買ったのだが、全巻読んだらハルヒ以上に楽しめていた。 何より読後の余韻を楽しめるのが、他のシリーズに無い「学校を・・・」の魅力である。 難点は、主人公だけが没個性なところ。 非日常な空間に放り込まれた一般人として、「読者の分身」を演出しているのかもしれないが、 そのキャラの普通さ無力さ無気力さ、それから過度に冷めた目で物事を見つめる様が、こちらをひどくイラつかせる。 出来ないなりに頑張ってみせろよ。 そんなお前が、何故、妹と真琴に好かれているんだ・・・? また、対魔班の白黒コンビと主人公のからむ場面では、全員が装飾過剰な言葉で屁理屈ばかり言うものだから、結局何が言いたいのか分らない。 さらに作者の文自体が独特の言い回しである上に、さらにさらにアブノーマルな設定が相まって読みづらいと感じる事も・・・(嫌になって斜め読みした私も悪い) しかし、それは1巻だけのこと。 対魔班の二人は巻を追うごとに魅力を増すので、(幾分、会話も分りやすくなる・・・幾分だが)次巻以降に期待してほしい。 それにしてもこの表紙・・・手を出すのには大変な勇気がいる。 通販でなきゃ買えませんでした。 フィクションで書けること ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 超能力学園という、子供たちが全てを管理する一つの社会。 そこで行われる学生達だけの営み。 現実ではありえないことですが、そこに惹かれてしまいます。 もちろん主要な登場人物はありえない奇抜なキャラばかりです。 どうもこの小説は老獪な人物が多く、とても年相応とは言えないのですが、それが魅力なのかもしれません。 何だか、これまで読んだライトノベルの中で、一番「らしい」と感じました。 この分野の定義は曖昧です。しかし、独立や責任、判断等の命題を含むので、 対象とされている10代が読むものとして適当ではないかと考える次第です。 もちろん、隠されたメッセージや、分かると楽しい小ネタも沢山存在しますので、 知識と年齢を蓄えた方にもお勧めします。 |
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完全合格のための日商簿記1級工業簿記・原価計算テキスト〈PART1〉 |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 1,672 | |
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新装改題版 学校・園庭ビオトープ 考え方 つくり方 使い方 |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 2,150 | |
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学校に頼らない和田式・中高一貫カリキュラム―東大・京大・医学部を目指す6年一貫校の中学生へ |
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著者: 和田 秀樹 定価: 価格:→¥ 1,060 | 小学6年生になる子供を持ったら・・・ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 本書は中学入学前から、中高での勉強のやり方の準備として分かりやすく説明しています。来年うちの子も小学6年生になります。本書では英語・数学の学習方法が参考になりました。 英語は出遅れると大変なことになりますし、つまづかないように、ケアが必要だと考えていましたが、本書は実に納得のいく勉強法を紹介しています。本当に助かります。 勉強は基本的に自分でするものです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 英語・数学を早いうちから自主的に伸ばして先行逃げ切りを図ろう、という受験プランを多数の具体的参考書紹介とともに提示する本です。著者の言うこと全てを万人がそのまま実行する必要はないと思いますが、多くの人にとってはかなり妥当で参考になる内容だと思います。 開成などの超有名進学校の東大合格者の多くも高校の授業だけに頼り切って勉強しているわけではない(むしろ自分に不要な授業は切って自主学習の時間を確保しており、教師の側にもそのことについての理解がある)ということは、東大生の実態をある程度知っている人間には言うまでも無くあたりまえのことなのですけども、普通の高校生や親御さん、そして高校教師はそういうことをまるでわかっていない人が多い。特に中高一貫スパルタ校の教師は生徒各自の志望・適性や科目間の時間配分バランスも考えず一律に過大な負担を生徒に課して潰してしまい、生徒は無気力化し親御さんはうろたえるというケースがあります。そういう方々は本書を読むべきでしょう。 中高一貫高の落し穴 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 中高一貫校に入れたからといって全員が難関大学に入れるわけではなく、大半があっという間に中下位で滞留してしまいはい上がれないのはなぜか。多くの東京の進学校で生徒が塾とWスクール化しているのはなぜか。Wスクール組でも大学受験がうまくいかないのはなぜか。著者は、灘、ラサールなどのカリキュラムの例を引きながら、中高一貫校のカリキュラムや指導力がそれほどでもないという落し穴、生徒側の研究によりこれを克服する方法を探究している。 本書のポイントは、大学受験をめざす中高一貫生は、たとえ超進学校であっても「学校で教わる方法が必ずしもベストとは限らない」と考え、学校のカリキュラムも取捨選択して、受験にうまく利用するべきところと、手を抜くところを、うまく使い分けるべきこと、大学合格という目的達成に向け、自分で効率的な勉強法やカリキュラムを不断に追究し築き上げることが必要だ、というのである。 その克服法として多くの者は塾に頼るが、Wスクールにより塾でうまく勉強法を習得できる者もいれば、逆にWスクールに追い立てられて伸びない者も出てくるという、落し穴を指摘する。塾で難問対策に励んで時間と労力を使うより標準レベル入試問題の反復学習がよほど効率的であるともいう。 そして、難関中学に合格した中一の時点で、その後にひそむ落し穴をあらかじめ知ってから中高での勉強法の構築に臨むことが、決定的にその後を左右するという。つまり、著者は、中高一貫校に入れればなんとかなる、という親と子の「勘違い」に警笛を鳴らす。実感として理解できるものであり、鋭い視点だと思う。但し、本書が一例のモデルとして示すカリキュラムが全ての受験生にとってベストであるわけではない、ということも注意しておかなければいけない。 |
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