100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1)) |
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著者: 佐野 洋子 定価: 価格:→¥ 1,150 | 薦められて読んでみましたが・・ ![]() この本は、書店には大抵置いてあって人から薦められることも多い本ですが 読んでもまったくピンと来ませんでした・・・。 どこがそんなに良いのか未だによく分かりません。 ちょっと辛口な感想で残念ですが正直な感想です。 この猫は一体誰なのでしょう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 寓話というのは、読み手によっていろんなことを感じさせてくれます。この作品は、100万回生き返った猫が、恋をする物語です。死んでも死なない、ある種英雄として猫が描かれています。猫は死ぬたびに、可愛がってくれた人たちが泣いてくれます。猫は一度も泣いたことがありません。そんな猫が初めて恋をします。その時・・・・。この猫は一体誰なのでしょう。泣かなくなった猫。他人の悲しみを感じなくなっていた猫。心の中に住み着いている猫の正体を探している自分に気がつきます。 まさにバイブル! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 何度繰り返し読んだことか。いまでは表紙を見るだけで泣きたくなるくらい、すばらしい本。一つのメッセージをたったこれだけのページで見事に伝えることに成功している。 私の中ではまさに「完璧な本」になりました。 |
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北乃きい 2009年カレンダー |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 1,800 | |
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北高男子の蜜月 (OKS COMIX) |
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著者: なし 定価: ¥ 1,000 | |
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北乃きい写真集『北乃模様』 |
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著者: 藤代 冥砂 定価: 価格:→¥ 1,400 | 最高! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() グラドルはあんまりパッととしない子が多い中、北乃きいさんは飛びぬけています。女優としての彼女はいいですね。 グラビアも見れるし、女優としてもいい。 初めてきいさん以外のグラドルの写真集を買った時、あんまり興味が無かった為か売ってしまいました。写真集買うのは生涯で2回目になりますが、この写真集は最高に良いです。自信を持ってライブラリーに保存できます。彼女の魅力とオーラを感じるのには十分良い写真集です。 ファーストステップはまだ見ていませんが、届くのが楽しみ。また、今後の活躍も楽しみで、ぜひ応援していきたい。 想像してたより良い! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 最近のアイドル写真集は、何か中途半端な感じなんですが、この写真集はかなり良い出来です。 水着もそこそこありますし、どのページもかわいらしく写る北乃きいちゃんが存在します。(白黒写真は良いショットなのに惜しすぎる…ちょっとしかないのが不幸中の幸いかな) 木下優樹菜ちゃんと矢口真里ちゃんの出来を合わせた様な写真集だと思います。 この2冊を気に入った方には間違いなく満足出来ると思いますよ。 無駄 ![]() ![]() ![]() ページは多いが、めくりにくい。白黒写真は必要ないのでは。 北乃きいは若さで売っていないのですか。 出始めのピチピチしていた頃が買い頃でした。 メジャーに成って行くのはいいのですが。 |
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北の国から 2002 遺言 [DVD] |
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著者: なし 定価: 価格:→¥ 4,970 | つまらなかった ![]() このシリーズの中でダントツにつまらなかったんだが、その80%近くは正吉が出ていないことにあるような気が・・・。蛍の結婚相手がワンカットも登場しない(手紙だけで登場してるけど、あれは登場とはいわないだろ)なんて不自然だし、観てる側にとっては消化不良。正吉役の俳優が、本業の方が忙しくて(左官だったけ?)出演辞退したかららしいです。だったら作るなー! 遺言は必要なかったのでは、、、 ![]() ![]() 非常に違和感の強い作品だった。従来から続いている北の国からの<br>シリーズとは別の同じ場所を舞台とした作品としてならいいのかも<br>しれないけど。本編の話の中で遺言の先生とその遺言そのものがあ<br>まりにもミスマッチ。無くなって話が通じるというより無かった方<br>がスムーズに話が進んだと思う。唐十郎は良い味だしてたし岸谷悟<br>郎もよかった、内田有紀も舌を出すシーン以外は結構いい感じだっ<br>たんだけどどうしても遺言が邪魔してる。なんで?っていう嫌悪感<br>にも似た不快感のままシリーズが終わったっていう感じ。大好きな<br>シリーズ作品だっただけに非常に残念。 久しぶりに見て ![]() ![]() ![]() ![]() 色々と協議する場面が有るかと思いますが、継続というドラマを考えると<br>納得してしてしまいます。借金の件にしても、基本的に自己破産を選択せずに<br>返そうという心(純は、とどこおっていまいますが)に、長年のドラマの心を感じます。<br>出来ればスタッフの高齢化などの影響からこれが最後などと言わずに<br>格式ばったドラマではなく何気ないその後を見せていただければと思います。 |
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なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書) |
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著者: 木田 元 定価: 価格:→¥ 418 | 闇屋の哲学者の来歴 ![]() ![]() ![]() 近年の木田元の専売特許となった回顧物の一冊ということで、先行する著作と概ね同工異曲。 とはいえ、本書の美点は今更ながらに小林秀雄を看板に持ってきて、ドストエフスキーやモーツァルトを語るところにある。 亀山郁夫訳の『カラマーゾフ』ブームで若い世代にもドストエフスキーは改めて知られることになっただろうが、ベートーヴェンを本当に聴くきっかけになったのがドストエフスキーの小説作品のなかであるという評者の体験からすると、名前を知っていることと本当に知ることとの間には大いなる懸隔があるのであって、本書を通じてそのものに就くことになれば悦ばしい。小林秀雄もドストエフスキーもそして本書の木田もそのような開かれた書物を書いているところに大きな魅力があるのだろう。 そういえば、亀山訳ドストエフスキーは、初めて「小林秀雄とは切れた」ドストエフスキーという感じがしないでもない。 そういえば、モーツァルトを本当に聴くようになったのは、本書中にも書いている「走る哀しさ」と「死の傑作」(アンリ・ゲオン)という小林の引いていた言葉からであった。この小林的なモーツァルト理解は、短調偏重であって、オペラなど長調のモーツァルトの素晴らしさを見誤らせる結果になったともいえようが(『レクイエム』が一番好きというのは日本人くらいらしい)。それくらい小林の影響力は大きかったわけであり、彼以降も吉本隆明、柄谷行人と続く文芸評論家の文章が大学人も含めたニッポンインテリに及ぼしてきた影響を考え合わせれば、アカデミズムの力は弱かったとも言える。 木田元はあくまでアカデミズムの人だが、その人にして小林秀雄なのであった。ニッポン文化の一つの特色がここにあるのかもしれない。 保田與重郎こそが、隠れたキーワードなのでは??? ![]() ![]() ![]() ![]() 著者があとがきで認めているように、だいぶタイトルとは異なる作品です。そういう意味では、タイトルは、だいぶ現代のマーケティングの影響を受けているようです。たしかに「小林秀雄」は全体を貫くモティーフとなっていますが、全体は3つの部分に分かれています。一つはドストエフスキー、もう一つは「詩」、そしてハイデッガーです。この2番と3番は私の感性が及ぶ領域ではありません。むしろ着目すべきは、若者の読書遍歴とその発展の軌跡の系譜でしょう。海軍兵学校の閉校に伴い、戦後の混乱の中に放り出された17歳の少年がどのようにして生活の糧を得ながら、30歳の壮年期への入り口までに、どのように書物と格闘したか。その軌跡が赤裸々にその時点その時点で出合った書物と共に語られます。最後の章は、不思議です。ここでは、驚くべきことに、著者が青年時に出会うことのなかった書物の著者「保田與重郎」が小林秀雄とのコントラストの中で、「現代」の立場から整理されてたどられることになります。この章に底流として流れるのは、慎重に抑制されてはいるものの、不思議な郷愁と悔恨なのでしょうか。「fatum librorum (本の運命)というものがあるのと同じように、読み手のほうにも本との出会いの運命というものがあるのかもしれない」という結語は、重いものがあります。 老哲学者の思想的遍歴 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() この本のtitleを見て、正統派の小林秀雄論を期待される方もおられるかもしれないが、80歳を過ぎた老哲学者が自分の思想遍歴を語った本と言ったほうが適切と思われる。その意味で、同じ頃にPHPから出版された自叙伝とでもいうべき”哲学は人生の役に立つのか”とoverlapする部分もかなりあるが、恋愛論や趣味の話にまで至るPHPからの本と違って、本書は思想的なものに限定されている。著者自身は本を割りと簡単に処分される方のようで、著者自身も認めておられるように、記憶に頼る部分も多いので、大雑把になってしまうところも多い。学者が自分の思想を形成するにあたっては、その方の若き時代の思想的風土が重要な背景をなすが、そういうものが既に歴史としてしか語れない現在の若い人にとって、こういう風にざっくばらんにそういう思想的風土を回顧談として語ってもらえるというのは、貴重な話と思われる。DostoevskyからKierkegaardを経てHeideggerに至った著者であるから、Dostoevsky論で有名な小林秀雄から感化を受けていても、別に驚くにはあたらないが、小林秀雄との最初の出会いはフランスの詩人、Rimbaudを通してであったらしい。著者が影響を受けた文学界の方というのは、小林秀雄にかぎらず、芥川や朔太郎については本文で言及されているし、後書きで唐木順三や山本健吉からも多大な影響をうけたと告白しておられる。そういうものの総元締めとして小林秀雄がいたということなのだろう。是非一読を薦めたい。 |
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ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 (文春文庫) |
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著者: 立花 隆 定価: 価格:→¥ 199 | 週刊文春に連載されていた書評は今でも参考になります ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 《金を惜しまず本を買え。本が高くなったといわれるが、基本的に本は安い。一冊の本に含まれている情報を他の手段で入手しようと思ったら、その何十倍、何百倍のコストがかかる》(p.83)という部分を捜すためだけに買って読みました。この本は昔、立ち読みしただけでしたが、ここの部分は覚えていたんですよ。 あとは小説を読まなくなった理由を書いているこんなところも共感できます。《文学者の想像力というのは、生きた現実に比して、いかに貧困かということがわかり、どうして、ああいうつまらないものに、あれだ熱中できたんだろうと逆に思い始めたわけです》(p.47) それと、立花さんが繰り返し引用しているこんなのもいいなぁ。「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する(『形而上学 上』アリストテレス、岩波文庫、p.21)」 それにしても橘隆志少年が中学校三年生の時に書いた作文はすごい。ぼくもかなり子どもの頃から本は読んできたつもりですが、さすがに橘少年にはかないません。古典よく読んでいるし。 様々な魅力に満ちた著書 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() まず内容を概括する(以下頁数は、文春文庫1999年第1刷による)。本書は、講演から秘書公募の顛末記に至るまで、口語体あり、文語体ありと、雑多な内容の寄せ集め。本文中で占める割合の多い順から、以下の5つに大別されよう。 1.読書日記・読書体験記・読書中毒(?)記(125-184,205-359頁) 2.読書論・読書術(43-85頁) 3.自身の仕事の総括(11-39頁) 4.書斎術(89-106頁) 5.その他(107-121,185-201頁) 上記の大別からも、「ぼくはこんな本を読んできた」は妥当な題名であろう。 次に、本書の魅力は何だろうか。「読み、書く技術」なら『知のソフトウエア』(講談社現代新書)の方が、著者の「読書日記」なら『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』(文芸春秋刊)の方が、簡にして要を得てまとまっているだろう。それでもなお、筆者の元秘書の記憶では、本書は最も売れた本のひとつとなったというが(佐々木千賀子『立花隆秘書日記』339頁参照)、人気の理由は何だろうか。私見では、恐らく多くの人がこの本によって、「立花隆って凄〜い。」と素直に感嘆できたからではないか。「かの田中首相をペンで倒したジャーナリスト」「難しいことを分かりやすく説明できる人」等の、「よく分からないけど凄い人」であった立花隆の、精力的仕事量の動機、内幕から、幼い頃既に見ることのできる「知の巨人」の片鱗等、謎のベール下が徐々に明らかになりつつ、なおかつその圧倒的な読書量・読書術に「すげえ。」と感激できるところが、本書の魅力だったのではないか。 最後に私自身の感想を記す。個人的にも思い入れのある本で、本書ですっかり著者に魅せられた記憶がある。示唆に富んだ内容で、読みやすい語り口調となっている講演録。無類に面白い秘書顛末記やネコビル顛末記。わずか2頁余りだが著者の読書術のエキスが濃厚につまった、座右の銘として役立つ「『実践』に役立つ一四カ条」。ただただ舌を巻くばかりの、著者中学生の時の読書日記。先に本書を「雑多」と形容したが、私にとっては「様々な魅力に満ちている」という方がふさわしい。 著者がどのように考えているかを少しでも・・・ ![]() ![]() ![]() ![]() 読みたかった本です。間違いなく現在の知の巨匠である立花隆さんの頭の中を少しでも垣間見ることができればと思い購入、通読。 前半は、著者の「人間とは」「読書」「独学について」などがかたられていて、ネコビルの紹介などを経て後半は、著者の書評がまとめられている。ネコビルはいいなとおもった。完全に自分の知的好奇心を満たすためのビルである。前半の人間についての記載されているところで、人間の欲求の中の純粋知的好奇心の存在を明言しているのは、なんとなく存在は理解していたが、ここまで考えたことはなかったので非常に面白かった。また、読書を途中でやめることで、時間のコストを省くという考えも自分の中で一つ氷が解けた感があった。また、書籍(専門書)の役目も、統合された知の樹形図の行き着く先というのも非常に魅力的な考えだ。立花隆の脳が、どのように作られてきたのかを少しでも感じることができる書籍だと思います。 |
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〔MF文庫ダ・ヴィンチ〕吉野北高校図書委員会 (MF文庫ダ・ヴィンチ) |
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著者: 山本 渚 定価: 価格:→¥ 505 | 堀北真希の解説も、本編同様にさわやか! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 読後感がとてもさわやかな青春小説の傑作。 徳島弁のセリフがおかしくて、ちょっぴり切ない。 解説は、女優の堀北真希。 真っ直ぐな言葉で、作品への愛情にあふれた素晴らしい解説です。 こちらもお見逃しなく! 切ない、もどかしい、恥ずかしい、うれしい、懐かしい・・・感じでしょうか。 ![]() ![]() ![]() ![]() 本屋でたまたま手にとって、へええ、後輩になる人が書いたのか!が購入のきっかけでした。 徳島のある高校の図書部員達の、それぞれの好きな気持ちが、入り混じるけど、すごく純粋で ぎこちないけど一生懸命で、優しいお話です。 阿波弁のせいか、自転車で走っている場面とか、懐かしい気持ちでほわっとします。 吉野川の景色って本当にきれいんよ! ほんで、この本ええけん、読んでみてなー |
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佐賀北の夏 |
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著者: 中村 計 定価: ¥ 1,680 | 窮鼠ライオンを噛む ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 決勝戦でのグランドスラムでの逆転優勝は多くの人に感動を与えたはず。そんな無名の公立校のそこまでの経緯をまとめた一冊。監督と選手間の人間関係の素晴らしさは勿論のこと。当時はマスコミの美談化で、無名の公立校の色付けが、設備も推薦も無い普通の高校のような放送のされ方だったが、実はそうではなかった事実も掲載。しかしそれはマスゴミのせいである。そんな色々もつまった一冊。 忘れられない贈り物 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2007年夏の甲子園はきっと誰もが忘れることができないだろう。 無名の公立高校が全国制覇を成し遂げた「がばい旋風」。 第一日の第一試合から彼らの伝説は始まった。 誰も予測できなかったドラマがここから幕を開ける。 全ての試合でドラマを生んだ佐賀北ナイン。 しかし彼らは浮かれることはなくいつも平常心。 そして優勝を果たした彼らには美談が付きまとう。 確かに高校野球の常識を覆すような出来事だったようだ。 しかし、このドラマは奇跡でも偶然でもない。 彼らの日々の努力が積み重なってできた必然の記録なのだ。 そんな彼らを淡々と取材していくうちに見えてきた真実の姿。 監督、部長の野球に対する真摯な姿勢、球児らの人としての誠実さ人間らしさ子どもらしさ、そんな彼らを時に冷静に、時に情熱的に何の飾り立てもしないで赤裸々に語る魅力的な一冊だ。 |
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哲学は人生の役に立つのか (PHP新書) |
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著者: 木田 元 定価: 価格:→¥ 399 | おいおい、なんかレビューがおかしくない?自演? ![]() ![]() レビューする前に気になるんですが、何で同じ文章が違う人の名前で二つ掲載されているんでしょう? しかも、双方なぜか「参考になった」がやたらにクリックされていますが。。。 複数のレビューをされているレビュアーなので自演ではないと思いますが、 べた褒め五つ星の嵐な上に筆者を「木田先生」と呼んだりしていて、なんか怪しすぎます。 ところで本書、題名と全く異なり、作者の反省を綴っているだけの人生録です。 ちょうど私が哲学について集中的に学習している期間であったため本書の題名を見て即購入しましたが、 内容は哲学自体の要・不要を論じているものではありませんでした。 単純に言ってしまえば日経新聞の「私の履歴書」と同じ造りですが、内容にまとまりが無く 「私は波瀾万丈の人生を歩んできて、こうして哲学と出会いました。人間は体力が第一です。その時私はこう考えました。私はあの哲学者についてこう思います」 などと言っているだけの、作者の考えを書き散らした散文のような展開です。 木田元という人間を知りたいのなら本書を購入しても良いでしょうが、題名や一般新書の趣旨とはあまりにかけ離れたヒドい内容です。 なお、「哲学は人生の役に立つのか」という問いについては筆者なりに答えを出していますが、 「少なくとも私の人生にとっては無くてはならなかったもののようで・・・」というもので、 「結局あんたの話しで終始するのかよ」と、普遍性ゼロの悲しい結論となっています。 先ず、80歳の哲学者の人生の歩みを参考にしよう!と思いました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 私は、大学進学のとき、小学校から決めていた物理学者になるために、物理学科以外は考えもしませんでしたが、長ずるにつれ、西洋哲学書を読むことが多くなり、哲学科も良いなと迷いましたが、哲学は人間として生きていく過程で全ての人が独自の哲学を持つのだから、哲学科に入って哲学者の著書を読むのなら意味はないと思い、物理の道に進みましたが、西洋哲学者の著書は翻訳もので信用できませんでしたが、30歳までには多くの哲人の翻訳書、たまには独逸語の原書も辞書を片手に読んだものでした。理学博士は取得していましたが、20代の後半から自分の専門と関連の深い東洋神秘思想に魅かれ、先ずは原始仏教、それからヒンデュー教を学ぼうとにインド、スリランカ等に赴きました。ある人の紹介で名僧で且つ大学教授である、現在唯一の我が師と出会い、個人的に原始仏教を学ぶ機会を得ました。師からサンスクリットを習い、随分と時間はかかりましたが、日本に帰ったりしながら、ついに経典をサンスクリットで読めるようになり、声を出して読経をする事の重要な意味等あらゆることを授けていただきました。数年後、日本の自宅に電話があり英語で良いから論文を書きなさいと言われ、それが哲学博士の論文となりました。それから30年以上経ちましたが師は80代ですが、お元気で去年は東京に御出でになり、説教を受けました。さて話がずいぶんと脱線しました。61になり、矢張り独学の西洋哲学の自分なりの理解が如何なのか気になるのです。そこで61の手習いの初めとして著者の本を読ませていただき、単なるお勉強から研究者と成る者の多い中、著者の多くの人生経験を体験しながらハイデッガー「存在と時間」(若き大学生の折翻訳書を何べんも読みましたが理解不可能でした)を原著で読もうとする根気強さ、遊びの精神、あらゆる事への好奇心。あぁ本物だと思い、著者の「反哲学史」、「哲学と反哲学」を購入し、我が頭にある西洋哲学の考えを入れ替える切っ掛けにするために“木田元”氏から始めます。勿論、自然科学全てへの好奇心も女性への好奇心もまだ失せてはいません。この著者の著書は本当に分かり易く著されています。これは本当の理解を体験した事の証しです。この本だけでなく、著者の本は素晴らしいと思います。 Come Majorana 先ず、80歳の哲学者の人生の歩みを参考にしよう!と思いました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 私は、大学進学のとき、小学校から決めていた物理学者になるために、物理学科以外は考えもしませんでしたが、長ずるにつれ、西洋哲学書を読むことが多くなり、哲学科も良いなと迷いましたが、哲学は人間として生きていく過程で全ての人が独自の哲学を持つのだから、哲学科に入って哲学者の著書を読むのなら意味はないと思い、物理の道に進みましたが、西洋哲学者の著書は翻訳もので信用できませんでしたが、30歳までには多くの哲人の翻訳書、たまには独逸語の原書も辞書を片手に読んだものでした。理学博士は取得していましたが、20代の後半から自分の専門と関連の深い東洋神秘思想に魅かれ、先ずは原始仏教、それからヒンデュー教を学ぼうとにインド、スリランカ等に赴きました。ある人の紹介で名僧で且つ大学教授である、現在唯一の我が師と出会い、個人的に原始仏教を学ぶ機会を得ました。師からサンスクリットを習い、随分と時間はかかりましたが、日本に帰ったりしながら、ついに経典をサンスクリットで読めるようになり、声を出して読経をする事の重要な意味等あらゆることを授けていただきました。数年後、日本の自宅に電話があり英語で良いから論文を書きなさいと言われ、それが哲学博士の論文となりました。それから30年以上経ちましたが師は80代ですが、お元気で去年は東京に御出でになり、説教を受けました。さて話がずいぶんと脱線しました。61になり、矢張り独学の西洋哲学の自分なりの理解が如何なのか気になるのです。そこで61の手習いの初めとして著者の本を読ませていただき、単なるお勉強から研究者と成る者の多い中、著者の多くの人生経験を体験しながらハイデッガー「存在と時間」(若き大学生の折翻訳書を何べんも読みましたが理解不可能でした)を原著で読もうとする根気強さ、遊びの精神、あらゆる事への好奇心。あぁ本物だと思い、著者の「反哲学史」、「哲学と反哲学」を購入し、我が頭にある西洋哲学の考えを入れ替える切っ掛けにするために“木田元”氏から始めます。勿論、自然科学全てへの好奇心も女性への好奇心もまだ失せてはいません。この著者の著書は本当に分かり易く著されています。これは本当の理解を体験した事の証しです。この本だけでなく、著者の本は素晴らしいと思います。 Sept-masque de couleur |
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